FLAMENCO SHOW

フラメンコショー

ARTIST PROFILE

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Karime Amaya&Mercedes Amaya La Winy

カリメ・アマジャ&メルセデス・アマジャ“ラ・ウィニー” グループ 2017.1/19〜2017.1/31 出演

伝説の踊り手“カルメン・アマジャ”の血を引く、フラメンコ一族。
映画「ジプシーフラメンコ」の主人公の母娘二人&AMAYA FAMILYが大集結!

MEMBERS

カリメ ・アマジャ

KARIME AMAYA

カリメ ・アマジャ(バイレ/踊り)

1985年生まれ。伝説の踊り手“カルメン・アマジャ”の姪である母メルセデス・アマジャ“ラ・ウィニー”と父でギタリストのサンティアゴ・アギラールとのステージにて若干9歳でデビュー。その才能の片鱗を多くの人々に印象付ける。その後、ファルキート、マリア・パヘス、イスラエル&パストーラ・ガルヴァン、アントニオ・カナーレス、マヌエラ・カラスコ、ラファエル&アデラ・カンパージョ等、名だたるアーティストと共演。

スペイン各地、アメリカ、メキシコでのフラメンコフェスティバルに招聘されるなど世界各地でも活躍。

2004年には、東京“エル・フラメンコ”で“ラ・ウィニー”達との6ヶ月間公演し日本にも多くのファンを持つ。

2012年、へレスのフラメンコフェスティバルにて作品“デスデ・ラ・オリージャ”、2014年、セビリアのビエナルにて、パロマ・ファントヴァ、ヘスス・カルモナと共に出演。エヴァ・ヴィラ監督の、ジプシー達のフラメンコを題材にしたドキュメンタリー映画「ジプシー・フラメンコ」(原題Bajari)に母娘で主演。現在はバルセロナに拠点を置き、老舗タブラオ「Tablao Flamenco Cordobes Barcelona」の看板アーティストとしても活躍中。

メルセデス・アマジャ

MERCEDES AMAYA “LAWINY”

メルセデス・アマジャ “ラ・ウィニー”
(バイレ/踊り)

偉大なフラメンコダンサー“カルメン・アマジャ”の姪で、母はアントニア・アマジャ、父はカンタオールのチキート・デ・トリアーナ。1980年、15才でプロデビュー。90年代前半は南米を中心に世界各地で公演を重ねる。

2003年、2004年、東京“エル・フラメンコ”に6ケ月出演し、ヒターノ(ジプシー)の原点であるような情熱的な踊りと飾り気のない人柄で多くのファンを持つ。

その後、巨匠“アントニオ・カナーレス”に見いだされ、舞踊団員として活躍の後、同氏の作品にも起用される。ヘラルド・ニュニェス、サラ・バラス、アデラ・カンパージョ、パストラ・ガルヴァンなど数々のアーティストと共演。

“カルメン・アマジャ”譲りの力強いステップを得意とし、野生動物のような鋭さの中にも温かみのある踊り手として、多くのタブラオ、公演にて観客の心を鷲掴みにする。現在はメキシコを拠点にアーティスト活動を行う傍ら、自身のアカデミー「Academia Amaya」で行進の指導にも力を入れている。

ナチョ・ブランコ

Nacho Blanco

ナチョ・ブランコ(バイレ/踊り)

1994年、17才でプロデビュー。共演者には、アントニオ・カナーレス、フアナ・ラミレス、メルセデス・アマジャ、サラ・バラス、フアナ・アマジャ、メルチェ・エスメラルダ等。

1994~1997年、作品“ヒターノ”に出演。1994~2000年、アントニオ・カナーレス舞踊団の一員として、世界各地を回り、1995年、アントニオ・カナーレス舞踊団の作品“トレロ”にて第一バイラオールになる。1994~2000、“ア クエルダ イ タコン”に出演。1999年、アントニオ・カナーレス舞踊団一員として、作品“ライス”公演。

2002年、アントニオ・カナーレス舞踊団作品“リンコネテ イ コルタディージョ”に出演。2003年、ハビエル・ラトーレ舞踊団公演“アンダンサス”に出演。2014年、ラファエル・アマルゴ舞踊団作品“ロマンセ デ クーロ エル パルモ”に出演。2015年、メルセデス・アマジャと、パラシオ・デ・ベジャス・アルテスにて行われたフラメンコフェスティバルでの作品“テンプラサ”にて共演。フランスのマルシアでの、パコ・デ・ルシア追悼ジャズフェスティバルに出演。2016年、バンクーバーのインターナショナルフラメンコフェスティバルにて、メルセデス・アマジャとの“テンプランサ”公演。

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Santiago Aguilar

サンティアゴ アギラール – カリメ父(ギター)

メキシコにて18才でプロデビュー。踊り、唄の伴奏で、マリオ・マジャ、カルメン・コルテス、ミステラ、アントニオ・カナーレス、グアディアーナ、チケテーテ、エル・ヴィエヒン、ラモン・ヒメーネス、パコ・ハラーナ、ダビ・セレドエラ等と共演。中南米、日本、アメリカ、スペイン等世界各地で活躍。

90年代に、妻であるメルセデス・アマジャ“ラ・ウィニー”と共に自身の舞踊団を立ち上げる。以下の各国での公演でのほとんどの音楽の作曲を手掛ける。 テアトロ コバルビアスでの“フエンテ ヴィエハ”、コレヒオ サン イルデフォンソの“ミ アイレ”、カナダのテアトロ デ ラス アルテスの“カナステーロ”、第17回、ダンサ フェスティバルでの“カージェ ヒターナ”、等。

その他、ニューメキシコでのインターナショナル・フラメンコ・フェスティバルや、東京エル フラメンコでの6ケ月公演、米インターナショナル・フラメンコ・フェスティバル等、各国の公演も参加。また、2005年ニューメキシコにてロス・ファルーコスやアンドレス・マリンとの共演、2015年、エル パラシオ デ ベジャス アルテスでのフラメンコフェスティバルにおける“テンプランサ”の公演、メルセデス・アマジャとの共演で、アントニオ・カナーレスの“レクエルドス”に出演、など精力的に活動を続けている。

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Santiago Amaya
“El Tati”

サンティアゴ アマジャ “エル・タティ”
– カリメ弟(ギター)

フラメンコダンサーの母メルセデス・アマジャ“ラ・ウィニー”とギタリストの父サンティアゴ・アギラールの影響で12才でギターを始める。18才でプロデビュー。数々の劇場公演に出演。テアトロ・デラパスでの“カナステーロ”。2001年、ダンサ・ナショナルでの“サングレ ラティーナ”“エクストレーモ プーロ”等アメリカ、ニューメキシコでのインターナショナル フラメンコ フェスティバルに出演。また、ホアキン・グリロ、 マヌエル・ソレール、メルセデス・ルイス等の踊り伴奏も手掛ける。

マルセラ・フェルナンデスの映画“ピエル デ ヴィボラ”やテアトロ・マリスカルでの“サングレ ラティーナ”の作品に出演。米ニューメキシコでのフラメンコフェスティバルではマリア・パヘス、“エル ファルーコ”、イスラエル ・ガルバン等と共演。その他、テアトロ・デ・ラ・ダンサでの“ダーマス フラメンコ”、2004年東京エルフラメンコでの6ケ月間の公演等がある。アメリカでのインターナショナル・フラメンコ・フェスティバルでは、マヌエラ・カラスコ、ベレン・フェルナンデス、ケリアン・ヒメーネス等と共演している。

2014年映画「エル ウルティモ バイレ デ カルメン アマジャ」に出演。 2016年、ミュージカル「グラン グラ フラメンコ」、「オペラ イ フラメンコ」 で、フアン・ゴメス“エル チクエロ”と共に、音楽担当で活躍。

マヌエル・デ・ラ・クーラ

Manuel de la Curra

マヌエル・デ・ラ・クーラ(カンテ/歌)

1979年、へレス デ ラ フロンテーラ生まれ。 テレモト、エル・ソルデーラ、ホセ・ソト、ソルデリータ、フアニャーレス、クーロ・カラスコ、ディエゴ・カラスコ等を輩出したソルデーラ家やテレモト家のような伝統的フラメンコ家系に生まれる。

唄とギターを独学で学び、1999年、20才でタブラオ“エル ラガール デ パリージャ”でプロデビュー。多くのタブラオでの活躍後、ディエゴ・カラスコとの共演し世界各地の公演を回る。

2003年、アリカンテのコンクールで金賞。2003年、アルバテーラのコンクールで銀賞。2004年、アルバテーラのコンクールで金賞、等。

2005~2008年アントニオ・ガデス舞踊団の一員として、「血の婚礼」公演を世界各地で行う。2007年アドリアン・ガリア舞踊団、2009~2011年マラガのダンサー、 ラ・ルピ舞踊団、2011~2014年マリア・フンカル舞踊団等で舞踊団公演に数多く参加。2012~2013年マラガの唄い手エル・カレーテとセビリアのビエナル、へレスのフェスティバルに出演。

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