FLAMENCO SHOW

フラメンコショー

ARTIST PROFILE

Antonio Canales & Carmen Ledesma

アントニオ・カナーレス& カルメン・レデスマ 
2018/5/14(Mon)~2018/5/29(Tue) 出演

MEMBERS

ANTONIO CANALES

アントニオ・カナーレス(Baile/踊り)

現代フラメンコ界のカリスマ。フラメンコの現在(いま)を牽引する踊り手であり、振付家・演出家としても高い評価を得ている。フラメンコの伝統と革新をあわせ持つ彼のフラメンコは、カナーレス以降のフラメンコ舞踊家に多大な影響を与え続けている。セビリアのアーティスト一家に生まれる。スペイン国立バレエ団の第一舞踊手として活躍。退団後は1988年イタリアで最優秀舞踊手賞、ナビセラ88年賞を受賞。1990年にはメキシコシティでフリオ・ボッカと共に最優秀国際舞踊手賞を受賞。1995年にはスペイン国家舞踊賞受賞。 1996年には作品「トレロ」でFIPA96の銀メダルを受賞。スペイン国立バレエ団の作品「グリト」の振付をする。1999年にはトニー・ガトリフ監督の映画「ベンゴ」で主役を務めており、俳優としての才能も発揮し活躍の場をますます広げている。

CARMEN LEDESMA

国籍: スペ(Baile/踊り)

1956年、ロマ(ジブシー)と非ロマが共存するコミュニティで生まれ育つ。家族全員フラメンコ愛好家で、母親はカルメンが4歳の時、アントニオ・カバージョ・アカデミーへ、その後、エンリケ・エル・コホ・アカデミーへ入学させる。5歳で、セビリアのサン・フェルナンド劇場で行われた才能ある若手を支援する「ラス・ガラス・フベントゥ」にて初ステージを踏む。8歳で、ペペ・リオス・ダンススクールに入学後、11歳になるとペペ・リオスの推薦を受け、ガスパッチョ・デ・モロンのフラメンコ祭で、アントニオ・マイレーナ、フォスフォリート、トリニ・エスパーニャら当時の偉大なアーティスト陣に囲まれ舞台に立つ。
12歳になると、クリスティーナ・ホテルで、スパニッシ・クラッシックやフラメンコのショーの仕事を開始。15歳で初の海外遠征ツアーに参加し、南アフリカ、メキシコにて公演を行う。
スペインに帰国後、再びクリスティーナ・ホテルでのショーを続けながら、ペペ・マルチェナ、ラ・ニーニャ・デ・ラ・プエブラらが行うフランスツアーの出演契約を結ぶ。
16歳でロス・ガジョスでの仕事を始めると、マリア・ラ・ブーラ、エル・クチャラ、ガスパール・デ・ウトレラ、エル・フニ、ラ・ベルナルダなどフラメンコ界のレジェンドらとともにフラメンコペーニャやフェスティバルなどに出演。
クーロ・ベラスをダンスパートナーとして活動を始めるとタブラオの仕事から劇場へとステージを変えていく。クーロ・ベラスとのオランダ初凱旋ツアーから戻ると、プライベートパーティや劇場公演が活動の中心となる。
以後、マリオ・マヤのプライベートイベントに招聘アーティストとして参加、またアントニオ・マチャードのポエム「カンタンド・ラ・ペナ、ラ・ペナ・セ・オルビダ」をベースとしたホセ・ルイス・オルティスの作品にカリーチョ・サンチェス、ファナ・ラ・デル・ピパ、ペドロ・バコン、クリオ・デ・ボルムホ、マリア・ラ・ブーラ、チャノ・ロバタらとともに出演。またこの時期、招聘アーティストとしてファルーコに呼び寄せられ「センティメント・アル・ヒターノ・ファルーコ」に出演。これが偉大なるファルーコを背にソレアを踊った初舞台(ロペ・デ・ベガ劇場)となり、その後アンダルシア国内ツアーへと続いていく。
アントニオ・ガデスの指名を受け、2カ月に及ぶ日本ツアーに招聘アーティストとして参加。
この功績により、コルドバ全国大会でフアナ・ラ・マカロナ賞を受賞。
エンリケ・デ・メルチールとアマルゴールとともに招聘アーティストとして参加したスペクタクルがホセ・メネサ賞を獲得後は、数多くのフラメンコ・フェスティバルに出演する。
ロス・ピニーニ、ペドロ・バコンと新たなスペクタクルで踊りを披露する。
その後、クリスティーナ・ヘレラ財団で、教師としてのキャリアをスタートし、以後、教師としてまた踊り手として世界の国々を廻り始める。
近年、偉大なる踊り手であり振付家でもあるアントニオ・カナーレスと「プラタ・イ・オロ・トゥリアネーロ」作品で共演する。

Juan Jose Amador ”El Perre”

ファン・ホセ・アマドール“エル・ペレ(Cante/歌)

1977年マドリード生まれ。ライムンド・アマドール、ラモン・アマドール、ディエゴ・エル・チュリ、ラファエル・アマドール、そして父ファン・ホセ・アマドールという真のフラメンコ一家に囲まれ成長する。13歳で唄い手としてのキャリアをスタートし、セビリアにおける最高の先生であり実父の指導の下、タブラオを中心に専門的なトレーニングを受ける。さらに、フォアキン・コルテス、マヌエラ・カラスコ、アントニオ・カナーレス、サラ・バラス、ファルキート、グイト、マノレテ、エヴァ・ラ・ジェルバブエナ、ラ・ファルーカ、イスラエル・ガルバンなど名だたるカンパニーで頭角を現す。また、唄い手として、トマティートやビセンテ・アミーゴとの共演実績も持つ。また、ラ・タナ、ロレ・モントーヤ、アルバ・モントーヤ、ポティート、ラ・トバラなどとミュージカル作品を手掛ける。
現在は、自身のグループを中心に幅広い活動を行っている。

ROBERTO LORENTE

ロベルト・ロレンテ(Cante/歌)

1976年マドリード生まれ。20歳でプロデビューし、マドリードの有名タブラオ「カサ・パタス」「カフェ・デ・チニータス」「コーラル・デ・モレリア」「ラス・カルボネラス」などのステージで経験を積んだ後、マティルデ・コラル、エル・グイート、ホセ・ガルバン、ブランカ・デル・レイ、ラファエラ・カラスコ、マヌエル・レジェス、イサベル・バジョン等一流の踊り手達と共演。エル・グイート舞踊団に参加したツアーでは、エル・レブリハーノ、ラ・マカニータ、ディエゴ・クラベル、ホセ・デ・ラ・トマサ、ホセ・メルセ、クーロ・マレナ等と共演。また、若手舞踊家フアン・アンドレス・マヤ、ドミンゴ・オルテガ、メルセデス・ルイス、マヌエル・リニャン、マルコ・フローレス、コンチャ・ハレーニョ、オルガ・ぺリセット等とも好演し実績を積む。その他、ヨーロッパをはじめロシア、ニューヨーク、メキシコ、キューバといった世界各地でも活躍。

VAKY LOSADA

バキ・ロサーダ(Guitarra /ギター)

ヴァキー・ロサ―ダ(本名ホセ・ルイス・フェルナンデス・ロサーダ)は、1968年5月19日にギタリスト一家に生を受ける。すてにギタリストとして活動していた12歳の兄ディエゴとともに、若干7歳でパーカショニストとしてステージで仕事を開始。その兄とともにデュオを組み、国内の大会で数種の賞を獲得する。8歳で、マノリート・チェン&アントニオ・エンシーナス中国劇場において、交響楽団と演奏しデビューを飾る。
10歳で、ラジオ番組「ラ・ボス・デ・マドリード」の有名ジャーナリストであるマイトに、パコ・デ・ルシアにゴールデンディスク賞授与を記念して、兄ディエゴとともに「エントレ・ドス・アグアス」の演奏を依頼される。16歳で、マノロ・カラコルの有名タブラオ「ロス・カナステロス」でプロのギタリストとしての活動を開始し、ファン・ラミレス、ラ・パケーラ・デ・へレス、アミナ、ラ・チャナといった当時最も有名なアーティストとコラボレーションをする。17歳で、ホセ&カルメラ・グレコ・ダンス・カンパニーのイタリアツアーにフラメンコギタリストとして参加後、世界中(スイス、ノルウェー、フィンランド、スペイン)のフラメンコアーティストを率いたアントニオ・アロンソ・カンパニーと別のツアーを行う。その後、有名な踊り手、ルイシージョカンパニーに所属し、中国、韓国、シンガポールなどでツアーを行う。 その後、兄ディエゴとともに、ジャズミュージシャンと協力し、現在「シガラ」の名で親しまれる唄い手ディエゴとともに音楽デュオ「マカンデー」を形成する。マドリードのアルカラ宮殿劇場でフラメンコの革命的コンサートを実施。ホルヘ・パルド、カルロス・ベナベン、ルーベン・ダンサス、スーシーなど影響力あるメンバーと並ふフラメンコ・フュージョン・グループで、マドリッドのテアトロモニュメンタルで初ライブを行う。日本の有名ダンサー、小島章司とのコラボや有名国際トランペッター日野皓正とアルバム作成を行い、日本各地で数多くのツアーを行う。その後、パコ・ペーニャとともに数年間フラメンコギタリストとしてヨーロッパ、オーストラリア、日本、中国、アラスカ、アメリカ、南米など世界中の巨匠とコンサートを行う。 1989年、1991年、1993年にコルドバのフラメンコギターの国際祭典で活動。1991年~1992年には、キリンビール主催のコンサートで演奏を行う。クロアチア紛争で影響を受けた子供たちのためにチャリティコンサートを開催。2000年、モンセラート・カバリェとともに、ロンドン・ロイヤル・アルバート・ホールに出演。2000年以降、フォアキン・コルテス・カンパニーで、ギター、アラビア・リュート、エレクトリックベース、マンドらなど数種の楽器を演奏するミュージシャンとして、アルマ・ヒターナ、ソウルド、シバリなどの作品で演奏する。2003年、兄とともに自らのカンパニーを結成し、マドリードのラ・ラティーナ劇場で「千夜一夜物語」のフラメンコミュージカルを初演。その後、フランス、バルセロナ、アンダルシアでの公演と広がっていく。